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バタコプロフィール
バタコ
バタコ
こんにちわ。はじめまして!
田舎暮らしのお家大好き!アラ還主婦さなと申します。

プロフィールを読んでいただきありがとうございます。
このブログの記事が、少しでも皆さんのお役にたてていただくことができれば本当に光栄です。

2017年の冬に夫を亡くし いろいろなこと、後悔や悔しさ、神も仏もあるものか!というその次の年に出版された『おらおらで ひとりいぐも』と同じような心境でした。

それから4年になろうとしています。

一年間は何がなんだか・・・いつも気を張っておかないと涙が溢れ

涙は脳みそから出る汁だそうで 脳みそが干からびるほど泣いて夜はまともな寝方ができず、つけっぱなしのユーチューブを見ながら寝落ちするという毎日でした。

なりふり構わず気を紛らわすために働いて、ストレスからの甘い物依存で体重は増え

58歳の私はいつ人生終わってもいいや。という心境でした。

ブログ開設のきっかけ

ブログ開設のきっかけは、「昔からブログをやってみたかったから。」です。

昔から手作りした物の紹介ブログやお掃除ブログを書いたけれど

自己満足な備忘録だったのでちっとも続かなかったのです。

皆さんの書いたブログを見る事が大好きで、最近ではYouTubeを見るのも大好き

夫が亡くなってから4年 子供も独立しているので時間を自分の為に自由に使う事ができる今、昔からやりたかったブログをやろう!!!と思ったのです。

2021年10月1冊の本を読みました。

小説を読んだのは久しぶりです。

それは『すぐ死ぬんだから』

主人公の78歳のハナさん街で雑誌の取材をお願いされて

どんな年のとり方をしたいですか?と聞かれ、

外見を磨くことを忘れたくない

人は退化に比例して外見に手をかけるしかない

年の取り方の上手い人に外見がみすぼらしい人いない

と言うのです。

美容院に行って艶のある髪の毛に整えてもらって

好きで来たら気分の上がる洋服を着て

とても60代には見えないよね。というはりのあるお肌とナチュラルメイク

外見に気を使って手を掛けて自分を磨いたら

気持ちも前向きに、弱音をはいたりしない。

人がどう思おうと私はわたしのために生きていくわ!という気持ちになれたのです。

いくら手をかけても私が同じ年の黒木瞳さんのようになれないことは知っていますが。

私が満足する今の自分でいたいと思うのです。

今まで60年の歴史

私の生い立ちをご紹介します。

共通する部分があっても、なくてもぜひ絡んでいただければ嬉しいです。

誕生~幼少期

1960年生まれ。岡山県の県北かなり田舎に長女として誕生しました。

洋裁の専門学校で2年間は大阪に出て暮らしましたがそれ以外は今いるこの地から離れたことはありません。

たぶん死ぬまでここに暮らしていくのでしょう。骨をうずめる場所も墓石も位牌もすでにあります。

妹が一人いますが子供の頃から「お前は家の後を継ぐ跡取り娘」と言われて育ちました。

小さい時から手先が器用で人形の服を作ったり、おばあちゃんに編み物を教えてもらい保育園に編み針を持って行くような子供でした。

昔から家の中での遊びが好きで運動音痴は幼少期からだったようです。

運動音痴の引きこもりでも田舎育ち

小学校の頃は学校から帰ると友達と近くの田んぼで藁ぐろを引き抜いて基地を作ったり

台所のザルを持って川にでかけメダカをとったりスカートのすそをパンツのゴムに引っ掛けて川魚をつかみ取りしたり、夏休みの間は川で泳ぐことが許されていて毎日、毎日、自然の中で遊んでいました。

中高時代

仲の良い友達と交換日記をしたり ちょっと校則を破って皆とは違う運動靴をお揃いで入って行ったり楽しい中学生活でした。

私は西城秀樹ファン、友達は郷ひろみファンで

その時代アイドル全盛期で田舎の文化センターにもアリスは毎年コンサートに来る、秀樹やひろみ、百恵ちゃん、淳子ちゃんも来る!

映画もアイドルが主役の映画がバンバンあるしすごい時代でした。

中学の時は秀樹に夢中で町外に出る時には制服着用の校則があったので文化センターでの秀樹のコンサートに制服着用でひろみファンの友達に付いてきて来てもらった。

中学の時には女学生の友、高校の時は平凡と明星でアイドルの紙面追っかけをしていました。

秀樹に近づくには歌手になるしかない!と思い「スター誕生」の岡山県予選を受けに行ったのが高校2年生(手作りのワンピーで)

中高校時代も手作り好き運動苦手は変わらず中学では手芸部を友達と発足!体育の時間は保健室で体温計を靴下で擦って37℃ちょいにしてずる休みしてた。

洋裁専門学校時代

大阪での2年間 1年は学校の寮生活

その寮で仲良くなった友達と二人でルームシェアで部屋を借りて生活

この生活で自由になりすぎて学業よりもバイト優先になり、卒業が危うくなった。

貴重な経験の数々が凝縮している2年間。

でも、まじめに学校に行っていれば大阪での洋裁関係の仕事に就く・・・・全く違った人生になっていたと思う。

地元に帰っての就職と結婚

親に連れ戻される形で地元に帰り、就職。

コネで入ったアパレル関係は2ヶ月しか持たず その後、またコネで入ったギフト屋さんで結婚を挟み、第一子の出産直前まで5年務める。

結婚は24歳の時、お見合いもどきで会って2回目には結婚を決めた。

家の後継ぎという条件のある私にあわせてくれた夫がお婿さんに来てくれました。

今で言う交際0日婚に近いです。

友達に「愛は育むものよ。」と言ったら、「さんちゃんらしいわ。」と言われました。

学生時代はさなではなくさんちゃんと呼ばれていました。

32年の結婚生活

子供は3人 長男、長女、次男

2017年夫と死別(夫61歳)

エピソードはたくさんありますがあと10年ぐらいしたらよくそんなことまで憶えているねというくらい語りだすかもしれません。

夫の死からの4年間

現在同居家族は4人ですが生活費を出し合って暮らす経済的自立共同生活中

3年間で変わった事

  • 家の水回りリフォーム
  • 長女に第2子誕生
  • 次男結婚

性格は楽観的

性格はポジティブで楽観的

そして、好奇心旺盛

好きなもの

好きな事:物作り、新しい物や事、旅行、ドラマの一気見、カラオケ、片づけ

好きな人:西城秀樹さん、樹木希林さん

大好きな物作り

一番好きなのは布を使った物作り

洋裁学校の2年間はサボるばかりでしたが

子供の服作り入園グッズなどなど 洋裁学校に行かせてもらったのに仕事は・・・

洋裁を活かせる仕事は田舎にはありません。田舎は母親もそうでしたが職業用ミシンを使っての縫製工場での仕事になりますから

洋裁学校に行かなくても私より上手な先輩方はたくさんおられます。

その中に入って働くこともしてみました。同じ部分ばかりを縫っていく流れ作業の仕事

子供服を裁断済の所から縫い上げる内職仕事(某有名子供ブランド)等々

パッチワークにはまって色々なところに習いに行き、小物を作って委託販売をしたり

パッチワークや洋裁を教える事をしたり、手芸店のパート仕事やニット生地のソーイングの講師をしたり デパートの手づくりフェアに出展したり

洋服のお直しを請けたり色々形を変えながら今までやって来ました。

その間ずっとできたらいいな・・・と思ってきたことは自分の作品のネット販売です。

今は色々なフリマアプリや手作りサイトがあって誰でも気軽に自分の作った物を販売できるようになっています。

やりましたよ。 今でも細々と手作りづくり小物を出品しています。

ネット販売はなかなか大変。手作りで一つ一つが違うものだから一作品に一つづつの画像と説明文が必要。

時間をかけて作った物でもそんなに高額な値段を付けたら売れないし、手にしてもらった時に満足してもらえるのか不安になるし。

四苦八苦して出品しても買ってもらえずに1年以上放置ということもありました。

細かい手仕事が好きな癖に性格は大雑把ですから メールを見ていなかったり出品しても放置だったりで自分に対する厳しさがないものだから

仕事にはできずお遊び楽しみ、道楽で終わってしまっていました。

自己満足の手づくり好きなんですよね。

これから手作りを続けていくなら 布小物で既製品との違いを持たせた物、小さい刺繍やアップリケをポイントにしたような物をバラバラに作っていかないでテーマを持って製作していけたらいいなと思っています。

これから先の10年、20年はたくさんの物を持たず

物=私と言えるような物 その時の私が好きな物を選びながら身に着ける物や生活必需品を

選んでいこうと思います。

大好きな人

家族以外でという事です。

もうこちらの世界には居ないお二人ですが

いつも ありがとう。後悔のない毎日を送っていくよ。

皆と一緒に幸せを広げていくよ。

欲張らずに今、幸せなんだと感じる心を持ちつづけるよ。

見栄を張らずに自然体で穏やかな心で人を癒せる人になるよ。

と想うお二人です。

特技

洋裁、手芸は40年以上のキャリア

文庫本3ページで熟睡できる能力

今後の目標

目標

  • 着る服は全部手作り
  • 手作り製作品のネットショップを運営
  • 田舎での暮らしと日々の事をブログで発信
  • これからの時代を見据えたシニアの楽で楽しい暮らしの為の情報を発信
  • 大きな11LDKKの田舎家で4~5人でのシェアハウスで老後を楽しむ
  • 溢れる物の中から厳選した大切な物だけに物減らしをしていきシンプルな環境に

プロフィールまとめ

最後まで読んでいただきありがとうございます。

自分の生まれ育った時代と今はものすごく変わってきています

60年生きてきて人に伝えられるようなことはもう時代錯誤の古い考えだと思う事ばかりです。

それでも人生100年時代の残りの人生に新しい事を取り入れながら日本の伝統文化や考え方の良いところを若い世代に伝えながら過ごしていきたいと思っています。

私の過ごした日々やこれからの歩みが誰かの励みや共感になって思いを分け合う事ができると良いなと思っています。

現在、60歳自分の為に使える時間が増えました。

これまでできなかった事をどんどんやっていこうと思っています。

どうぞよろしくお願い致します。