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黒柳徹子どうして有名?何をした人なの?徹子の部屋はどこまでやるのか

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超・長寿番組「徹子の部屋」の司会でおなじみの黒柳徹子さん。

黒柳徹子さんはどうして高齢になっても芸能界で一目置かれているのでしょうか?

  • 黒柳徹子さんは何をした人なのか?
  • 「徹子の部屋」はどこまで続いていくのでしょうか?

テレビ界、芸能界の重鎮黒柳徹子さんについて調べてみました。

バタコ

2024年、現在も続く週5回放送されているトーク番組
出演したみなさんが口を揃えて
「出たかった。」という番組
黒柳さんが多くの人に愛され、尊敬されている証拠ですね。

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目次

黒柳徹子さんプロフィール

2023年黒柳徹子

●名前:本名も同じ黒柳徹子さん

●生年月日:1933年8月9日

●職業:女優、タレント、TV司会者、エッセイスト

現在2024年1月 90歳の黒柳徹子さん、バリバリの現役でレギュラー番組もあり、

「徹子の部屋」はギネス更新中です

バタコ

年末のテレビ出演も元気いっぱいで
エネルギーを頂きました。

黒柳徹子さんは何をした人?

黒柳徹子さんはトレードマークの玉ねぎヘアや独特のメイク・ド派手な衣装が浮かんでくると思います。

特徴的な見た目だけでなくその業績がとっても凄いです。

ちょっと思い浮かぶだけでもこれだけのことがあります。

しかも、どの一つとってもものすごい業績で芸能界のすべてを知り、世界中を駆け巡り

「あなたも幸せで何よりです。」と告げているような・・・

魔女かも知れません。

黒柳徹子・なにした人?

テレビ女優第一号
映画、舞台女優
徹子の部屋がギネス登録
ザ・ベストテンの司会
NHK紅白歌合戦の司会
世界ふしぎ発見のレギュラー出演
窓際のトットちゃん著作
エッセイストで多くの本を執筆
ユニセフ親善大使
パンダ大好き
ヨン様、韓国大好き

テレビ女優第1号

なんと!黒柳徹子さん。
TV女優第1号でギネスに登録されています。

1953年にテレビ女優第1号としてNHK放送劇団に入団

1954年 ラジオドラマ「ヤン坊ニン坊トン坊」で初主演

NHKののテレビ放送の開始が1953年2月1日ですから黒柳徹子さんの芸能生活と言うか女優生活はNHKとともにあるのですね。

テレビ女優第一号の黒柳徹子さん、声優、映画女優でもあります。

声優 代表作
『ひょっこりひょうたん島』『サンダーバード』
映画出演 代表作
『続・続・男はつらいよ』シリーズ

徹子の部屋がスタート

1976年より徹子の部屋がスタート

2011年には「同一の司会者による番組の最多放送回数記録」としてギネス世界記録に認定されています。

2011年ギネス認定からすでに13年がたっています。『徹子の部屋』現在も週5回の放送でゲストとのトークで黒柳さんの本領を発揮されています。

バタコ

お元気だからできるのではありますが、芸能界での不動の位置に折れるすごい方だということは間違いないですね。

同一司会者番組最多放送記録【世界記録】ギネスワールドレコーズ認定 いまだ継続中です。

ザ・ベストテンの司会

歌番組の「ザ・ベストテン」

1978年1月19日スタート

1989年1月12日 556回での最終回までの11年の長い期間 旬の歌を届けてくれた

番組です。

黒柳徹子さんははじめから最終回まで司会をつとめられました。

今や大御所の歌手のみなさんがデビューしたての頃からずっとともに成長を見守って着ている方なのです。

学生時代の歌番組は朝から楽しみにしているようなところがありました。

バタコ

西城秀樹さんのファンでテレビにかじりついていましたが、
黒柳さんがとても可愛がってくれていた様子が伝わって嬉しく思ったものでした。

NHK紅白歌合戦など音楽番組の司会

黒柳徹子さんはNHKの紅白歌合戦の司会を通算6回されています。

1958年 1980年から1983年の4回 2015年の通算6回

日本のテレビの創成期からテレビに出演し続けている黒柳徹子さんの偉大さなのですね。

昔は全てが生放送でしたから そこで育って来られた黒柳さんの喋り、機転の効く返しなど安心して見られる所以です。

バタコ

紅白歌合戦でのたくさんのハプニングを乗り越えて持ち前の勢いと頭脳で臨機応変に対応できたのでしょう。

世界・不思議発見レギュラー出演

これも超長寿番組ですね。

「日立・世界ふしぎ発見」1986年4月19日スタートで現在も放送されています。

毎週土曜日、夜9時から(TBS)

「日立・世界ふしぎ発見」にスタートから黒柳徹子さんはレギュラーで出演されています。

豊富な知識やユーモアあふれるコメントで、番組の面白さや魅力を引き出してきましたね。

バタコ

トレードマークの玉ねぎヘアに着物姿でいつも決まっていますね。
クイズの正解率もとても高いです。
事前にお勉強をしていたとか・・・。
歴史や世界の事を知ることを楽しむ気持ちを見習いたいです。

著作「窓際のトットちゃん」

いわさきちひろさんのイラストの表紙が可愛い「窓際のトットちゃん」

トットちゃんというのが黒柳徹子さんの子供の頃からの愛称です。

「窓際のトットちゃん」は1981年に出版された全て黒柳徹子さん自筆で執筆された自伝的物語です。

「戦後最大のベストセラー」と称され、日本での発行部数は800万部を突破

2021年3月時点で全世界累計発行部数は2371万部を記録している。

更に凄いのが

黒柳徹子さんは1981年にこの本の印税全額を寄付し、「社会福祉法人トット基金」を設立しています。

バタコ

本当に突拍子もない方で、知れば知るほど魅力的なひとですね。

窓際のトットちゃんのストーリーは黒柳徹子さんの小学校生活を描いた自伝です。

『窓際のトットちゃん』劇場アニメ化・・・2023年12月公開
『続・窓際のトットちゃん』・・・2023年発売
『窓際のトットちゃん』・・・ギネスに認定(世界一売れている自叙伝)
まだまだ、勢いは止まりません!

トットちゃん(黒柳徹子さん)は

公立の小学校に入学するも窓際に座ってみる外の様子に反応するトットちゃんの好奇心の固まりの様子

落ち着いて授業を受けられないからなんと、1年生の途中で退学させられてしまうトットちゃん。

転校した「トモエ学園」

リトミック教育を行う学校で、敷地内に置いた電車の車両が教室

学校行事や登下校の時の出来事

特に、小林校長先生とのことを伝えたいという思いが読み手にも伝わってきます。

小林宗作校長先生はトットちゃんと初めて会った日に、トットちゃんの話したいことが無くなるまで、4時間近く^^;話をきいてくれた先生です。

「君は、本当は、いい子なんだよ」

という小林校長の言葉が自分を支えてくれたとあとがきには書かれています。

トットちゃんの型破りな学生生活がとっても面白い本です。

教育者に教育書として読まれたり、小学校の教科書など教材にも多数採用されている「窓際のトットちゃん」をぜひ手にとって読んでみられたらと思います。
 
(リトミック教育とは:19世紀末~スイスの音楽教育家が開発した音楽教育の手法)

ユニセフ親善大使

黒柳徹子さんは1984年からはユニセフ親善大使として活躍されています。

長年ユニセフ親善大使として世界の子どもたちのために毎年各国を訪問されニュース等でも見たことがある方も多いと思います。2019年までの36年間に延べ39カ国もの国を親善訪問され、貢献されています。

ユニセフ親善大使 黒柳徹子の講座に振り込んでいただいた募金は、事務費用など1円もいただかずに、全額をニューヨークのユニセフ本部に送らせていただいています。

ユニセフの募金の窓口は「トットちゃん」というサイトがあります。

バタコ
バタコ

黒柳徹子さんが就任してからの36年間にのべ42万人の方から61億円(2020年8月末まで)という

ものすごい沢山のお金を募金できています。

パンダ・ヨン様大好き

黒柳徹子さんは勉強家でもあり、好奇心の塊でもあります。

パンダ好きとヨン様好きは有名なので少し紹介します。

パンダ好き

日本パンダ保護協会:名誉会長です。

子供の頃のおみやげで貰ったパンダがパンダ好きの始まり、

パンダ保護と環境保全に取り組んでおられます。

長年に亘るジャイアントパンダ保護活動への功績から、四川省の成都パンダ繁育研究基地より、今年生まれたパンダの命名権が初めて無償で与えられことが2012年9月放送の『世界ふしぎ発見!』内で伝えられました。

通常、一定額の寄付などで期間限定の命名権が与えられる場合があるようですが

黒柳さんの功績の大きさから異例の命名権だっのですね。

それにしても、『世界ふしぎ発見!』も長寿番組ですね。

ヨン様好き

冬ソナで有名なペ・ヨンジュンさんですがかなり昔の話になってしまいました。

当時を知っている人は2004年の韓国ドラマにより「ヨン様」「韓国ドラマツアー」など大変な人気でしたね。

黒柳徹子さんもペ・ヨンジュンさんの事を

「品が良くて、さりげなくハンサムなところがすごくいい」と、大ファンであることを公言していました。

2005年には「徹子の部屋」に出演

その後メディアから遠ざかっていたペ・ヨンジュンさんが黒柳徹子さんの番組

2016年「黒柳徹子だけが知っている THEテレビ伝説60年史」にビデオレターを送ってくれるというサプライズもあった。 メディア出演は3年ぶりということでした。

黒柳徹子さんの友好関係の広さにも驚かされます。

黒柳徹子さんのお母様はNHKの連ドラの物語にもなっている

おまけになのですが、

黒柳徹子さんのお母さんのことがNHKの連ドラで作られ放送されているということを御紹介します。

「チョッちゃん」

チョッちゃん』は、1987年(昭和62年)4月6日から10月3日まで放送されたNHK連続テレビ小説第38作目である。 1987年の平均視聴率は38.0%、最高視聴率は46.7%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。 全156回。原作: 黒柳朝『チョッちゃんが行くわよ』

黒柳徹子さんの母である 黒柳朝さんの自伝エッセイ「チョッちゃんが行くわよ」が原作。

自らの子育てなどをユーモラスな語り口で綴ってあるベストセラー(1982年から「主婦と生活」で連載。1899年1月13日 文庫化出版された。)

ご本人の黒柳徹子さんもNHKの連続ドラマの題材になりそうな感じです

どこを切り取ってもたくさんエピソードがありすぎて

逆に難しいのかもしれませんね。

「徹子の部屋」はどこまで続くのでしょうか

黒柳徹子さんのテレビ出演がなくなったら本当に時代が終わる感じがするので

いつまでもお元気で毎日のようにテレビで姿を見ることができたら良いのに!と思います。

高齢になられてもお姿は殆ど変わりませんが、

椅子に座ったままの映像しか見えてないような気がするので流石に気になります。

「徹子の部屋」が長寿で愛されている理由
いくら、黒柳徹子さんがお元気でも視聴率が低かったらここまで続いてはいないですね。

『徹子の部屋が長寿で続いている理由』
  • 長寿番組の歴史: 「徹子の部屋」は1969年にスタートし、非常に長寿なトーク番組として知られています。その歴史は視聴者にとっての慣習となり、番組への期待感や親しみが根付いています。
  • 黒柳徹子の魅力: 主催者である黒柳徹子さん自体が視聴者に愛される存在であり、その知名度とトーク力が番組の魅力となっています。彼女の人間性やトークのスタイルが、ゲストとの心地よい対話を生み出しています。
  • 幅広いゲスト陣: 番組では様々なジャンルや世代のゲストが出演し、俳優、音楽家、芸術家、スポーツ選手など幅広い分野の人物が登場します。これにより、異なる興味や好みを持つ視聴者層にアピールできています。
  • 自然体な雰囲気: 番組はくつろいだ雰囲気で進行され、ゲストも自然な姿勢でトークに参加します。これが、視聴者にとって心地よく、リラックスした時間を提供している要因となっています。
  • 感動的なエピソード: 番組では、ゲストが自身の人生やエピソードを赤裸々に語ることがあり、感動的な瞬間が生まれます。これが視聴者の共感を呼び起こし、番組の印象を深化させています。
  • 時代の変化に適応: 「徹子の部屋」は放送の形式や内容を時代に合わせて柔軟に変化させてきました。これにより、新しい視聴者層を取り込みつつ、古くからのファンも飽きさせない工夫がなされています。

まとめ

「同一の司会者による番組の最多放送回数記録」としてギネス世界記録に認定され、

現在でも放送中の「徹子の部屋」

「世界ふしぎ発見」と

黒柳徹子さんは今も変わらすテレビに出続けていてくださいます。

テレビの歴史の生き証人ですね。

1960年生まれの自分は

高校時代から見ていた「ザ・ベストテン」の黒柳さん。

西城秀樹さんが亡くなったときに「若い方の中で一番歌がうまかった。」と言ってくださった黒柳さん。の印象が強く残っています。

いつまでもお元気で華やかな衣装やお着物をまとってテレビに出続けてほしいです。

ブレない生き方を尊敬しています。

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